01.private

執務室の壁掛け時計が正午を指し、遠くで羽根休めを告げる鐘が響いた。
午前中ずっと握り締めていた筆を擱き、僕はまるい音色の輪唱にひととき耳を傾けた。
やがて余韻の中から優雅な靴音を聞きつけ、頬杖を突いた目許が自然と綻んだ。
日溜りの笑顔を思い浮かべて耳を澄まし、長靴の行先を窺っていると、思い掛けず此の部屋の前で立ち止まった。
続いて正面の重厚な扉を等間隔に打ち、スザク…?と最奥に沁み入る優しい声で、密やかな戸惑いを宥めた。





連れ立って階下の食堂(カフェテリア)へ赴くと、馴染の顔触れが、穏やかな陽射しが差す窓辺の一 角を賑わせていた。
同伴の彼は、女性騎士達の楽しげな御喋りに惹かれたらしく、僕に仲間入りを意図する目配せを送った。
白い燕尾服の輪へ歩み寄ると、華やかな歓談を眺めていた第十席に、御揃いで何の話?と悪戯っぽく耳打ちした。
定位置である卿の左隣に掛ける彼に倣い、其の斜交いに落ち着けば、紅茶の時間を想わす陽気な昼食会となった。



ふわり微笑みで迎えてくれた彼女達だったが、夢中になっていた話題を訊かれると、躊躇いがちに花の顔を見合わせた。
気拙い空気が流れ、言葉を濁されて怪訝な面持ちの彼に、内緒話だ。と十番目の騎士が情無く逸らかした。
片眉を上げて冗談めかした積りも、絶句して切なげに黄金色の睫毛を伏せる仕草で、日頃超然と構える卿を狼狽させた。
見兼ねた末席の騎士から、来週に迫った誕生祝いの下相談と明かされ、頃合い悪く登場した主役の彼は、忽ち含羞の色を浮かべた。

「あの…御邪魔みたいだから、失礼するよ……」

退散しようと立ち上がり掛けたが、引いた椅子の脚に躓き、よろめいた軀を右隣の騎士がそっと受け止めた。
一層動揺して頬染め、…ありがとう。と小声で返す純真さに、漂っていた頑なな雰囲気がやわらいだ。
風にそよぐ梢のざわめきにも似た笑声が食卓を包み、近々打診する積りだったとして、鄭重に着席を勧めた。

「暦(カレンダー)の都合で恐縮なのですが、ヴァインベルグ卿の御誕生会…一日早めても構いませ んか?」

末席が小首を傾げて窺うと、薄紅を湛えた儘一つだけ頷いて、膝の上で組んだ指を気恥ずかしげに弄った。
催す側は承諾を得て安堵の胸を撫で下ろし、菓子職人(パティシエ)顔負けの腕を誇る第四席は、早 速主役となる焼き菓子の話題を振った。
最愛の嗜好が白桃と心得ていた彼女だったが、生誕を祝す特別な意味合いには聊か物足りず、華やかな彩りを彼是思案していた様子。

「貴卿に不得手な果実があってはと、苦慮していた処だ。」
「其の様な細かな点にまで御気遣いを……」
「好き嫌いは?」

眩い金髪を左右すると、第十席直属の歳若い騎士達は瞳を輝かせ、甘い水菓子の名を列挙しては、自分の事の様にはしゃいだ。



女性達は誕生会の話題で盛り上がり、鈴を転がすような声に季節を錯覚するほど、僕等のテーブルは賑やかだった。
食後の御茶を頂きながら、彼女達の話に耳を傾けていると、向かい席の彼が視線を投げ掛けた。

「然う謂えば、スザクの誕生日が何時か訊いて無かったな……」

囁くような大人びた口調で一言漏らし、尋ねる仕草で、蒼穹色の目許を微かにやわらげた。
落ち着いた物腰に間誤付いたものの、僕は成る丈平静を装い、もう過ぎて仕舞ったんだ。と肩を竦めた。
三番目の騎士はとても驚いた様子で、え…?と真顔で聞き返した。

「ナイト・オブ・ラウンズを拝命して間もない頃だったから、忙しくて其れ処じゃ無かったし……」
「春先だったのか?」
「……夏の初め。」

誕生月を尋ねられて口籠ると、不安げに柳眉を寄せ、一途に僕を見詰めた。
気付けば女性達も此方の会話に耳を傾け、到底誤魔化し切れない状況に、わざと大仰な溜息を吐き、“seventh.”と観念した。
夏生まれが意外だったらしく、騎士達は銘々が抱いていた印象を語り始め、話題の中心に据えられた僕は、面映ゆくて仕方無かった。
斜め前に掛けた彼をちらり窺うと、そんなに前…。と気落ちして唇を噛み、萎れた花の様に俯いた。