Melody of happiness



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LastUpdate : 2009/10/25(Fin.)


 ―――穏やかな秋晴れの午後。

帝国最強を誇る円卓の騎士達は、執務室に併設された専用ラウンジで優雅に紅茶の時間を楽しんでいた。
ナイト・オブ・トゥエルヴが同僚の女性達と始めた喫茶の習慣は、加わったナイト・オブ・テン直属のヴァルキリエ隊が有無を言わさず上官を巻き込み、
10→3→7→1の連鎖で瞬く間にラウンズ全員集合の豪勢なお茶会へと発展した。
戦略会議さながらの面子に、一時は大戦近しとの不穏な噂さえ流れたが、昨今漸く微笑ましい日常の風景となった。



今日も和やかな雰囲気の中、モニカがにっこりと微笑んで話題を振った。

「来週には枢木卿も遠征先から戻られますし、みんなでアーニャのお誕生会を開いてはいかがでしょう?」
「ほう、それはいい考えだな。」
「一つ盛大に祝ってやろうじゃないか!」

ドロテアとノネットの言葉にヴァルキリエ隊のリーライナとマリーカも賛同し、普段は表情に乏しいアーニャが頬を染めて俯いた。
滅多に見られないその可愛らしい様子に、参加を要請されたビスマルクは二つ返事で了承し、外方を向いていたルキアーノも責付くジノ共々これを受けた。

「誕生日と言えば、当然プレゼントですわ!」
「アーニャ、欲しい物は何だ?」
「何か、して欲しい事でも構わないぞ?遠慮せずに言ってみろ。」

モニカが手を打って言うと、ノネットとビスマルクが優しく希望を伺った。
少女は全員の注目を浴びる中で暫く考え込むと、じゃあ、ヴァルトシュタイン卿……と、口を開いた。

「アリエスの離宮の庭園に咲いている秋薔薇を……」
「アーニャ、今何と?」

思い出深い場所を指示され、ビスマルクは動揺して聞き返した。
庭園の脇に咲く花々は、亡き皇妃から秋にも愛でたいと所望されて自ら土を被せた、懐かしい日々の形見だった。
喜んだ彼女は悪戯っぽく、陛下には内緒にして、毎年二人で眺めましょう。と……。

「約束。」

はっと我に返ったビスマルクは、一瞬、昔日の女性を思わせる笑みを浮かべたアーニャに向かって、思わず首を縦に振った。
彼の地へ足を運ぶ口実を貰ったような、不思議な気分だった。

「エルンスト卿は……手作りの、バースデーケーキ…」
「何!?」
「それは期待していいぞ。ドロテアの腕は中々のものだ。」
「ノネット!!」
「へぇ。戦場で豪傑と謳われるエルンスト卿だけど、実は家庭的な女性なんですね!」

ジノのキラキラとした微笑みに弁解できずうち震えるドロテアの耳に、イチゴが載ったの……と小さな声のリクエスト届いた。
さて私は何だ?と、ノネットが尋ねると、アーニャは写真を欲しがったが、ただの写真ではなく―――。

「コーネリア皇女殿下の、士官学校時代の写真?」
「アーニャ、それはちょっと……」

驚いたモニカとジノだったが、腕組みをして考えていたノネットは、取って置きを持って来てやろう。と何やら不敵な笑みを浮かべた。
敵国から『魔女』と恐れられる苛烈な皇女の、かつての初々しい制服姿を収めた写真が、確かアルバムにあった筈だと思い出していた。

「ブラッドリー卿……」

先の三人を見ても無茶な要求はしないと思われたが、『人殺しの天才』に物を強請る事自体に、居合わせた全員が何かしら不安を覚えた。
ルキアーノはティーカップを傾けたまま、小さな同僚に片眉を上げて見せた。

「……ヴァルキリエ隊…」

流石に物怖じしたのか、アーニャは一旦口を噤んだ。
ルキアーノの右隣に掛けていたリーライナとマリーカは、自分達にも関係する内容かとじっと耳を傾けた。

「ヴァルキリエ隊の、一日名誉隊長。」

遠慮ない要望に一同は愕然とし、ジノに至っては飲んでいた紅茶で咽せ返ってしまった。
何の冗談かと呆れ顔をしたルキアーノだったが、無表情ながら真っ直ぐに見詰める赤い瞳に嘆息した。

「生憎、広告塔は募集していない。」

素気無く返すと、アーニャは柔らかそうな丸い唇を噛んで、珠のような涙をぽろぽろ流した。
狼狽するルキアーノの横で、意地悪。とジノが零したのを合図に、次々と同情の声が上がった。

「良いじゃないか、ブラッドリー卿。泣く程やりたいなら、一日くらい大目に見てやれ。」

ドロテアの意見に全員が頷いた。

「アーニャは、次の白ロシア戦線を志願していたからな。」
「陛下が枢木卿にお決めになった時は、暫く落ち込みましたものね。」

ノネットがそっと淡い色の髪を撫で、モニカがハンカチを差し出したが、アーニャの涙は止まらなかった。
加えて二人の部下までもが、貰い泣きの様相を呈して訴えてきた。

「ルキアーノ様、アールストレイム卿はヴァルキリエ隊の模擬戦で審判の役をお引き受けくださることも……」
「以前から他の隊員達にもお声を掛けてくださっていますし、強い関心をお持ちのようです。」

眉間に中指を当てて頭を振るルキアーノが、勝手にしろ。と舌打ちすると、アーニャは瞬時に泣き止んで含羞んだ。
心配していたヴァルキリエ隊の二人も手に手を取って喜び、周囲もほっとした。

「お許しが出ましたから、念願の隊服が着られますね!」
「早速採寸しなくては!」

服が目当てかと合点したルキアーノに、アーニャは二人を真似て、……ありがとう、ルキアーノ様。と感謝の言葉を呟いた。
噴出すジノの三つ編みを引っ張りながら、様呼びは結構だ。と眉を顰めた。

「枢木卿には何をお願いしますの?」
「コメコノタイヤキ……」

質問したモニカ以下全員が、初めて耳にする奇妙な呪文に首を傾げた。
再度尋ねても同じ答えが返され、ビスマルクの英断で、遠征先のスザクへ緊急回線が繋がれた。

『あの…一体何事ですか?』

モニターに映し出されたナイト・オブ・セブンは、勢揃いしたラウンズの面々に戸惑いの表情を見せた。
説明を受けたスザクは了解すると、幾つ?とアーニャに尋ね、年と同じ数。と即答されて絶句した。

「なぁスザク、コメコノタイヤキって何だ?」

遣り取りが理解出来ずにジノが聞くと、粉末のライスで魚をかたどった焼き菓子だと教えてくれた。
スザクはビスマルクに、エリア11を経由してから帰還すると伝え、通信を終えた。
アーニャは隣に座るモニカから、自分に似合うリボンをプレゼントしてもらう約束を取り付けて満足した。

「後は、ジノだけですわ。」

モニカの声に、ナイト・オブ・スリーは居住まいを正してアーニャを見た。
普段から一緒に行動する事の多い相手だけに、嗜好は凡そ把握しているつもりだったが、それでも緊張した。

「ジノは……保留。」
「え?!」

予想外の答えに拍子抜けしたジノは、驚いて青い瞳を瞬いた。
もう欲しい物が思いつかない。と言われて項垂れたが、辿々しい口調で再考を予告されると明るさを取り戻した。





10月26日。
アーニャのバースデー・パーティーは、ナイト・オブ・フォーが腕に縒をかけた特製ケーキの登場で幕を開いた。
約束どおり赤い果実がふんだんに使われているのを見て、本日の主役はにっこりとした。
ビスマルクからは両手一杯の花束、ノネットからはセピア色の写真、リーライナとマリーカからは隊服一式、スザクからは白い魚型の甘味、
モニカからは繊細なレースのリボンを、それぞれプレゼントされた。

「それで、ジノからは何を貰うんだい?」

スザクは、贈り物に埋もれそうなアーニャに優しく尋ねた。
ジノはルキアーノの隣でトリスタンのキーをくるくると弄びながら、何処のジュエリーショップへ遣らされるのかと想像していた。
アーニャは小さく頭を縦に振った。

「ジノには、誕生日の歌。」

女性陣は喜色満面に、男性陣は気の毒そうに、KMFの鍵を床に落として呆然とするジノを見た。
正気に戻ると首を激しく左右に振り、ごめん、無理。と言い残して、ナイト・オブ・スリーは脱兎の如くラウンジの扉へと駆け出した。
じゃあ、別の人……。と呟く少女の声に、焦った全員が光の速さでその後を追った。
多勢に無勢、あっという間に捕捉されたジノは、逃げ出さないように荒縄で幾重にも椅子に巻かれた。
さぁ、どうぞ。と差し出されたアーニャは、髪も制服も乱して必死に拒むジノに、歌の代わり。と言ってカメラのシャッターを切った。
撮られた写真は即座に【ヴァインベルグ卿、貞操の危機】というタイトルでブログに掲載され、アクセスアップに大いに貢献した。
縄を解かれたジノは逃走を後悔したが、すっかり気を良くしたアーニャの横顔を見て、今日は特別な日だからと観念した。





その日の夜更け、アーニャの携帯電話の振動が、ジノからの着信を知らせた。

「……もしもし。」
『アーニャ?』

昼間よりも落ちたトーンは、恥ずかしいから記録はしないで。と前置きすると、小さな小さな声で祝福の唄を歌ってくれた。
その一分にも満たない短い音楽は、静かに耳元から伝わって、少女の心を倖せで温かく満たした。

『Happy  Birthday  To  You………』





Fin.