拝謁を終えて執務室へと向かう道途次、正装で臨むことを条件に職務を免除された円卓の騎士達は、第三席の大胆な発案を挙って絶賛した。
末席は華やかな舞踏会を想像して淡く頬を上気させ、同様に参列を認められたグラウサム・ヴァルキリエ隊の隊員らと、当日の装いを話し合った。
大人の女性騎士二人から、同輩の居城を推薦した訳を訊かれたジノ=ヴァインベルグは、万一酔い潰れた場合の保険。と悪戯気に瞳を眇めた。
子供の純真さで平然と不条理な理由が明かされるや、迸りを蒙った歳上の幼馴染は顰め面で振り返り、白い両頬を腹癒せとばかりに抓った。
「痛い!痛い!!」
「当然の報いだ。」
「もう!そんなに怒る事無いだろう?!」
「やれやれ…如何やら反省が足らない様子。」
「いたたた…!!御免、御免…謝るから赦して!!」
「……今一つ誠意が感じられんな。」
見兼ねて筆頭騎士が仲裁に入り、不承不承解放された少年の頬には、手緩いながらも罰の痕跡が赤く残った。
外出も憚られる程脆弱な肌であった幼少期を思い出し、再び端整な小顔を包み込むと、今度は白皙に映える薄紅をそろり撫でた。
第三席は手袋(グローヴ)越しの華奢で大きな掌に指先を重ね合わせ、莞爾と微笑んで、最高の場所で一差申込みたくて。と小声で白状した。
意味する処を解せず首を傾げた先輩格の騎士達は、蒼穹色の瞳がちらと見遣った先に、嫋やかな四番目の将校を認めて、顔を見合わせた。
二人は朧な記憶を辿り、何時ぞやの午後、戯れに花を咲かせた舞踏会の話題と気付くと、年若い男子の気概にくすり笑みを零した。
帰還した三騎士が仮寝から醒めるのを待ち、其の日も芳醇な香り漂う紅茶の時間が持たれた。
話の種は専ら凱旋行進(パレード)後の舞踏会で、女性達は絢爛豪華な一夜に臨む衣裳(ドレス)を嬉しそうに思案し、部屋には小春日和の暖かさが満ちた。
軍式の最礼装で参列する男性騎士達は、小鳥の囀りを想わす内談を眺めながら、年相応の熱狂に自然と顔を綻ばせた。
士官の最高位であるが故に、自身の功績を讃える祝典でさえ護衛に徹し、正規に来賓の立場で招待を受けるのは極めて稀であった。
十番目の騎士の右隣で、羽根休みの輪に仲間入りしていた配下の二人は、優雅に喫茶を楽しむ上官を再々窺い、漸う意を決して声を掛けた。
傾けていた紅茶茶碗を静かに下ろして振り向くと、少女達は膝に広げた布裂(ナプキン)を弄りながら、辿々しい口調で当夜の一曲を強請った。
思春期の初めに由緒正しい家柄の当代に就いた彼は、華々しい登場で上流階級の紳士淑女を魅了し、爾来社交界の寵児として名を馳せた。
血統も然る事ながら、世紀の美貌と謳われた母の面影を残す顔立ち、洗練された着熟しと典雅な挙措に誰もが憧憬を抱いた。
儀礼として夜会への招待に応じれば、若き名家の主を密かに懸想する令嬢達から、十指を超す舞踏(ダンス)の申し込みを受けた。
毎次適当な理由で固辞するのも億劫になり、やがて演奏が始まると喫煙に事寄せて姿を晦まし、人々に落胆の溜息を吐かせた。
聴許は奇蹟と世間に知れた上司の沈黙に、リーライナ=ヴェルガモンとマリーカ=ソレイシィは残念な結果を予想して、身を寄せ合った。
「最初の曲は、第四席(エルンスト卿)に御相手を願う積りだ。其の次で構わなければ……」
「……え?ルキアーノ様、本当…ですか?!」
諦め半分で居た二人は、空耳を聞いたかと瞳を瞬かせたが、上官が頬杖を突いて見詰め返すと、喜色満面で小さな歓声を上げた。
思い掛けない申し出を受けて絶句するドロテアに、最年少の同輩が並びの端から、私はスザクの後…。と愛らしい上目遣いでせがんだ。
はたと何時かの木漏れ日の午後を思い出し、優しい笑顔で快諾すると、順序を無視された三番目の騎士は、大慌てで挙手した。
「さて…、聞き及んでいた手筈と聊か異なる様だが?」
「其処まで悠長に構えて居られない!だって、最後はヴァルトシュタイン卿が……」
第十席の揶揄に真っ向から弁解しようとしたが、ジノは中途で口を噤み、上座に腰掛けた筆頭騎士をそっと窺った。
腹心の責務として、帝王の傍に慎ましく控える彼もまた、時折皇妃達からの申し出を受ける他は、滅多に女性の手を取らない人物とされた。
過日、羽根休めの和気藹々な雰囲気に同調した格好乍ら、律儀な軍人気質の主席が、黒髪を結い上げた彼女に願い出た時は一同喫驚した。
俄かに現実味を帯びてきた無邪気な戯れを、果たして叶える心積もりで居るものか、誰もが忖度し兼ねて答えを待ち侘びた。
「裾を踏まぬ様に細心せねば…」
灰色の隻眼がやわらかな微笑みを湛えると、円卓の騎士達は安堵の胸を撫で下ろし、一番の憂い顔にも淡く歓喜が甦った。
嗜み深い紳士の尤もな懸念を聞き、話の中心を再び衣裳に戻した女性達は、着熟しの上級者である第十席に銘々見立てを依頼した。