あの一夜以来、僕等が言葉を交わす機会は自然と増え、二人はゆっくりと時間を懸けて関係を築いた。
彼との間柄を大切にしたいと願う一方、幼馴染でもある古い友人を売った事実が、茶番劇と嘲笑った。
親殺しの大罪で穢れた僕を、直向きに受け入れてくれた女性さえ護れず、無残な最期を遂げさせた。
彼女の汚名を晴らす為に、死をも厭わず最前線に立つうち、何時しか幸福と謂うものを見失って仕舞った。
「…其れは多分、僕の存在自体が空虚で……」
「スザク?」
名前を呼ばれて我に返り、朧だった焦点が、怪訝な表情で小首を傾げる第三席に定まった。
太陽の化身のような情熱と慈しみが確かに其処に存在して、気圧された僕は、小さく頭を振るだけで精一杯だった。
「何気無い初夏の一頁だよ。其れに、祝福される価値なんて、僕には…」
「違う!命は誰の上にも平等に貴い。」
畏敬の仕草で目を眇めると、右隣に掛けた十番目の騎士が、袖を引いてやんわりと諌めた。
だって…、と小声を零したものの、其れ以上は素直に口を慎んだ。
「スザクの誕生日も、一緒に御祝いするって謂うのは如何かな?」
「とても素敵な考えですわ!」
「……賛成。」
十指を組んで深く考え込んで得た提案に、僕は一驚を喫した。
歳若い騎士達は倍加した御楽しみに歓喜し、第四席と第九席は、メインの焼き菓子を如何するか打ち合わせ始めた。
了解も無い儘進んでいく話に、唯々唖然としていたが、彼から主役を横取りするような、無遠慮な真似は出来なかった。
この熱狂を冷静に終息させてくれる事を期待して、ちらり彼の幼馴染(ナイト・オブ・テン)を窺ったものの、クスと鼻先で躱された。
直ぐ左横の眩い笑顔に思わず見惚れていると、第四席からデコレーションの希望を尋ねられ、咄嗟に苺と答えた。
脳裏に幼い黒髪の少年が甦り、車椅子の少女と三人で過ごした昔日を、僕は密かに懐かしんだ。
結局押し切られる格好で、二人一緒に誕生日の祝福を受ける運びとなった。
話題が贈り物(プレゼント)に及ぶと彼は遠慮したが、主席騎士から是非とも所望を伺うよう言付
かったと、困惑顔を揃えて返事待ちの体。
女性達の憂いを捨て置けず、頬杖を付いて虚空の一点を眺め、ほっそりと長い人差し指で鼻梁の付け根を軽く叩いた。
其れは彼が思考に集中している時の癖で、周囲は今暫くの静やかな黙想を、そっと見守った。
やがて俯けていた睫毛を瞬かせ、躊躇いがちに、或る管弦楽団が興行する演奏会のチケットを願い出た。
今年は五年振りに海外公演を行うらしく、また、帝都への来訪は生誕祭の時期と重なった事もあり、前売りは早々売り切れたそうだ。
当日券も入手は困難と諦め掛けていたが、叶うのならば…と、最後は心苦しそうに語尾を弱めた。
大任を託された女性騎士達は密々と額を寄せ合い、再度辞退を申し出ようとした第三席に、にっこりと了解を告げた。
「枢木卿は何が宜しいですか?」
「え?!僕…ですか…?」
「はい。歴とした主役ですもの。」
「いいえ、そんな事!本来はジノの誕生祝いです。僕は……」
「卿にも、欲しい物の一つや二つはあるだろう?」
「ですが……」
「遠慮は無用だ。」
押し問答の最中に、六番目の騎士が…だったら当日の御楽しみ(サプライズ)。と呟き、僕等は其の
折衷案で妥結した。
斜交いの幼馴染二人は、面白そうに此方の遣り取りを眺めていたが、歳上の方から私的に希望を訊かれると、隣席で淡く含羞んだ。
歳下の彼は何度も逡巡した挙句、稚い子の仕草で紳士の左耳にそっと五指を宛がい、我儘を一つだけ囁いた。
演奏会の入場券は、騎士達全員からの贈り物として手配されたが、別なリボン掛けを用意する心積りでいた。
同輩達と上手く馴染めなかった僕の為に、橋渡し役となってくれた事への感謝と、素直な祝福の気持ちからだった。
未だ皆と疎遠だった頃、彼は毎日午後の紅茶に誘いに来ていたが、物言わぬ騎士を、実際には誰も歓迎する筈が無いと思っていた。
打ち解け始めた或る時、円卓に任じられた当初から、彼の斜め前を指定して、一日も欠かさず僕の席が整えられていた事実を知った。
使われなかったティー・カップや一切れだけ残ったケーキ、空いた儘の椅子を、彼等は静かに片付け、また翌日も同様の準備をした。
僕の執務室を訪れる度、不参加の返事を預かって戻る彼は、一番心を痛めていた筈なのに、定刻になると必ず扉を叩いた。
其の話を聞き、子供染みた依怙地な態度を謝ると、唇の前に人差し指を立て、誰も、“もう止めよう。”とは言わなかった。と微笑んだ。
誠実さに形で応えたいと考えたが、翻って趣味や嗜好など、彼の素顔と謂える部分を殆ど知らない事に愕然とした。
其れだけ歳下の優しさに甘えていたのだと、自分の未熟さを深く恥じた。