予定された日の午後、円卓の騎士達が何時も紅茶を楽しむ部屋は、一時騒然とした。
僕が一寸口を滑らせて仕舞ったばかりに、ロイドさんが誕生会に参加をしたいと駄々を捏ね、注意してくれる筈のセシルさん迄羨んで…。
駄目。ときつく撥ねた事をシュナイゼル殿下に愚痴ったらしく、副官のマルディーニ伯爵から内諾を求められた筆頭騎士も、流石に言葉を失った。
話を聞いて辟易していた僕の傍で、真の主役が、大勢の方が楽しそう!と快諾し、席が四つ増える事になったのだが―――。
「ジノ、誕生日おめでとう。歳を重ねて、素敵な大人に一歩近付いたね……」
シュナイゼル殿下から真っ赤な薔薇の花束を手渡された彼は、幾分恐縮の面持ちで感謝の言葉を返し、馥郁たる香りに長い睫毛を伏せた。
堪能して上目遣いにふわり微笑むと、優雅な仕草に見惚れていた第二皇子は膝を折り、手袋(グローヴ)を
外した白い手の甲に接吻を捧げた。
彼は思い掛けず五指を引き込め、また其の様な御戯れを…。と熟れた果実の様に耳朶まで染めて、十番目の騎士の背に寄り添った。
歳上の幼馴染は如何にも不愉快至極の顰め面で、俯く彼の下顎を強引に掬い上げると、碧眼の狼狽など御構い無しに唇を落とした。
肩越しに覗く微妙な角度が周囲をざわめかせ、名残惜しむ様にゆっくりと離される迄の一部始終を、全員が釘付けとなって見届けた。
反射的に閉じた瞼を緩々開き、訝しげに小首を傾げる様子から、くちづけた処は際どい乍らも頬と判断された。
橙の紳士が一瞥すると、帝国宰相は心持ち眉間に皺寄せた。
聊か混乱気味の第三席は、一人だけ特別扱いは看過出来ないとの見当違いな非難を受け、女性騎士達からも祝福のキスを贈られた。
口紅の跡だらけになった顔を六番目の騎士に激写されると、傍で肩を揺する張本人に腹を立てて、外方を向いた。
子供の様に拗ねていても、彩り豪華なバースデー・ケーキが披露されると、忽ち喜色満面で蝋燭を吹き消した。
含羞みながらも、御祝いの声ひとつずつに鄭重な謝辞を述べ、清純な気質で、集った人々の心に温かな木漏れ日を注いだ。
祝辞を締め括った末席の騎士は、是非楽しんで来て。と片目を閉じ、テーブル越しに一通の手紙を差し出した。
封蝋の真上に刃を滑らせ、開いた中に、無理を承知で口にした演奏会のチケットを認めると、感嘆を漏らした唇を指先で覆った。
券面に記載された座席番号の欄には、“a box(特等席)”の文字と共に、巨匠(マエストロ)直
筆のメッセージが添えられていた。
「一体如何やって…?」
望外の喜びに瞳を潤ませ尋ねたが、大役を果たした彼女達はクスクス笑い、入手経路を秘密にした。
嬉しそうな様子に目許を綻ばせていると、口数の少ない六番目の騎士から、リボンの掛かった小さな箱を渡された。
見守る人達に深々頭を下げて御礼を言い、慎重に結び目を解いた僕は、彼同様、思い掛けず声を発した。
「こんな高価な物を…」
天鵞絨の中敷きの上には、誕生石を配ったラペルピンが収められていた。
眩い輝きに戸惑いを感じ、受け取りを悩むと、女性達はまるい瞳を心配そうに瞬かせ、色々迷った末に決めたのだが…と僕を窺った。
希望を伝えなかった所為で、贈る側は随分と頭を悩ませたらしい。
円卓の騎士となり、公式行事に臨む機会も増すだろうとの意見から、実用性を兼ね備えたな宝飾品が選ばれた。
如何しても。と言って、第六席が紅い宝石を譲らなかったと聞き、隣で携帯電話を弄る少女に、もう一度、感謝の気持ちを囁いた。
特別な日の午後の御茶会は、突拍子も無い話や冗談が飛び出したり、意外な交友関係が明かされたりと、終始笑い声に包まれ、賑やかだった。
手間数を掛けた焼き菓子や部屋の可愛らしい飾り付け、灯された小さな焔までもが、素敵な演出を果たしてくれた。
集った人々の温かな眼差しに、まるで此処を居場所と赦された気がして、僕は向かい席に掛けた幸福の使者にそっと微笑んだ。