惜しみつつ唇を離すと、目元を薄紅色に染めた先輩が、小さく吐息を漏らした。
俯いた前髪の端を掻き上げて、Happy Birthday.と柔らかそうな耳朶に囁いたら、動揺して肩先が跳ねた。
誕生日早々に悪戯するのも憚られ、寄り添ったまま少し身動ぎすると、制服の裾をぎゅっと掴んだ。
紫色の瞳が不安そうに揺れて、私は白皙の頬を撫で、わざと困った様に微笑んだ。
「今度は、先輩の誕生日をお祝いしましょう。御希望を伺ってもよろしいですか?」
物を大切に扱うが、無闇に欲しがる人ではないと思って、いろいろと悩んだ。
結局先輩がそうだったように、本人に直接尋ねた方が確実に喜んでもらえると結論付けた。
小首を傾げて考える様が可愛らしくて、何を強請られるのだろうと興味深く覗き込んだ。
「お前の願い事ばかり考えていたら、自分の誕生日をすっかり忘れていたな…。」
「ええっ!そんな……ごめんなさい。私が無理ばかり言ったから……。」
「気にするな。喜んで貰えたなら、それで何よりだ。」
穏やかな表情を向けられて、私が感じた幸福の僅かでも返せる術があるなら、と溜息を吐いた。
じっと答えを待つ間、深更の静けさを二人だけで分かつ贅沢を、密かに堪能した。
暫く経つと、今度は傍に置いたマントをきつく握り、……ジノ。と消え入りそうな声で言った。
返事をすると希望を言い淀んで、直ぐに頭を振って打ち消した。
恥ずかしそうに遠慮されると余計に気になり、絶対に叶えると約束して、もう一度耳を傾けた。
「…ジノ……。」
先輩は、その先を窺う私の襟首に細腕を廻すと、睫毛を伏せて初恋のようなキスをした。
唇を奪われて束の間瞠目していると、忽ち腕を解き、羞恥に堪えかねてマントに顔を埋めてしまった。
名前を呼ばれた訳ではなかったのだと気付き、私は赤面して口元を覆った。
胸を焦がし続けた人が、今、その総てを赦そうとしていた。
私は愛おしさに駆られて、華奢な軀をマントごと強く抱き締めた。
「もう、我慢しないよ……」
思い掛けず掠れた声に、小さな頤が頷いた。
深くくちづけると、緩んだ細指の間から、深緑の外衣がふわりと床に落ちた。
腕の中で微かな寝息を立てる先輩は、無防備に額を晒して、時折鼻先を摺り寄せた。
白磁の肌に幾つもの名残を見つけて、余裕を無くすほど何度も求め、つい欲張り過ぎたと苦笑した。
初めてを恐がっていたのに、それを望んで、ぎこちなく縋りついてくるのが尚更堪らなかった。
熱に翻弄されながらも、爪立てないように気遣って、指を絡めるとほっと顔を綻ばせた。
焦らされる度しなやかな肢体を戦慄かせ、最後には艶めく声で啼いて絶頂を迎えた。
無理をさせてしまったと、慈しみをこめて、私はさらりと黒髪を撫でた。
そして自分が還るべき場所に漸く辿り着き、数日振りの熟睡を得られると予感して、そっと両の瞼を閉じた。