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LastUpdate : 2009/11/01(Fin.)


遠征先からの長旅を終えて出向中のエリア11へ帰還すると、私は愛機の整備をキャメロットに依頼した。
ロイド博士のご好意で、トリスタンはいつも完璧に仕上げられ、お蔭で今回の急な出動要請も大過なく勤め終えることが出来た。
コックピットから顔を出すと、駆け寄ったスタッフ達は口々に慰労の言葉を掛け、早速メンテナンスに取り掛かった。
深夜近くであるにも関わらず、その最後尾には博士とセシル女史が続き、私は彼らの実直な仕事振りに敬意を払った。

「お疲れ様です、ヴァインベルグ卿。」
「只今戻りました。」
「お帰りなさぁい、ジノ君〜。自動操縦に切り替えて、少し休めば良かったのに。疲れてなぁい?」
「お気遣い有難うございます。大丈夫です。操縦桿を握っている方が、不思議と落ち着くんです。それに、綺麗な星空も満喫できましたし。」

私が密かな楽しみを打ち明けると、博士は眼鏡の奥の綺麗な瞳を細め、口元を僅かに綻ばせた。
女史に騎乗中に破損した箇所とそれに因る不具合の程度を知らせると、彼女は素早くそれを解析し、作業員達に的確な指示を与えた。



温かなお茶でも。と誘われ、私は二人と共に艦内の執務室へと足を踏み入れた。
博士自ら淹れてくれた紅茶はとても芳しく、戦地での葛藤や苦悶を優しく洗い流してくれた。
伯爵位である博士がその垣根を取り払っていた為に、キャメロットを訪れるといつも穏やかで親密な空気に包まれた。
女史やスザクが博士の事を、ロイドさん。と呼ぶのも、家族や友達のようで微笑ましい。



暫く此処の賑やかな雰囲気に寛いでいたが、報告書の作成がまだ残っており、私は止む無く退席を申し出た。
立ち上がった私に、宜しかったら、どうぞ。とセシル女史が可愛らしい包みのキャンディを差し出し、その図柄を見てはっとした。

「エリア11では明日がハロウィンなんですね!てっきり、もう終わったと思っていました。」
「おや、時差を忘れていたのかなぁ?」
「明日は土曜日ですから、ごゆっくりなさっては?幸い、ハロウィンは夜が本番ですし。」
「いえ、それが……学校の方で……」
「仮装パーティーがあるんだよね?休み返上で、アッシュフォード学園の生徒は全員参加だって。楽しそうだねぇ。」

情報提供者はフィアンセ。と、博士がにんまり笑い、不思議そうな顔をしていた女史も感嘆の声を上げて笑みを零した。
ミレイから話を聞いたのが出先だった事もあり、面白そうなイベントだと思ったが、その日の登校は約束出来ないと伝えてあった。
私は頭の中で急遽予定を組み替えて、みんなに会いに行く算段をした。
取り敢えずは、デスクワーク……。と漏らせば、二人から励ましの言葉を頂戴し、私はトリスタンを任せてキャメロットを後にした。



夜明け前に報告書と休暇の申請を出すと、蓄積された疲労から回復する為に、私は三時間の仮眠を取った。





十日振りの学校は、南瓜の燈籠やオレンジと黒を基調としたディスプレイの数々で、見事にハロウィン仕様となっていた。
広い校内は意匠を凝らした仮装姿の生徒達で溢れ、其処彼処でTrick or Treat? と愉快な笑い声が聞かれた。
私は通い慣れた生徒会室の前でマントとシルクハットを脱ぎ、人通りの絶えた廊下に、困惑の溜息を一つ落とした。
みんな、吃驚するだろうなぁ……。
気を取り直して、こんにちは。と扉を潜ると、眩いフラッシュが焚かれて、思わずぎゅっと瞼を閉じた。
またアーニャの仕業かと思いながらゆっくりと目を開ければ、犯人は小悪魔に扮したミレイで、遅い!と大袈裟に怒った振りをして言った。

「ごめん。ちょっと出掛けに色々あって……」
「冗談よ。公務で忙しいのに、来てくれて嬉しいわ。」

私が政庁を出た時は、既に開始時刻から二時間が過ぎていた。
いつも一緒に登校するアーニャに事情を説明して先に遣り、私は早朝から医務室とキャメロットを何度も往復したのだった。

「わぁ!ジノ君、格好良いね!!」
「流石、着慣れてるなぁ。違和感、全然無いぜ?」

その後ろから現れたシャーリー先輩とリヴァル先輩が私を見て褒めてくれるが、心中複雑だ。
憧れの人までもが、ほぅ。と美しい紫紺の瞳を細めて、僥倖とも言うべき柔らかな表情を浮かべているのに……。

「他に選択肢が無くて。あの……驚かれるとは思うんですけど、実は…ですね、その……今日は、私…」

直截な表現では無くて何か上手い言い回しを。と頭を捻ったが、従うべき先例など絶無で、言い淀んでしまった。

「本物の吸血鬼。」

単調なアーニャの声に私の逡巡は呆気無く粉砕され、面喰った先輩達は、怪訝な顔をしてその言葉を反芻した。
そんな事を言われたら、誰だって耳を疑うだろう。
帽子で口元を覆った私を見て、リヴァル先輩は恐々と尋ねた。

「えぇっと、ジノ…何かの冗談…だろ?だって、まさか…」

シャーリー先輩も俄かには信じられないと言った面持ちで、ルルはどう思う?と先輩に意見を求めた。
先輩は腕組みをしてじっと私を見詰めていたが、やがて滑らかな足取りで此方へと近付いた。

「おいおい、ルルーシュ!」
「ルル、危ない!!」

先輩は制止を振り切って私の目の前まで寄ると、絹の被りを下ろさせて、見せてみろ。と優しく頬に触れた。
おずおずと口を開いて鋭角に尖った犬歯を見せると、歯科医さながら下顎に手を添えて入念に観察し、真っ直ぐな指先が迷いも無くその表面を軽く撫でた。
私は何処か憶えのある奇妙な感覚に襲われ、反射的に身を退いた。
先輩は心配そうに見守っていた二人に、本物だ。と鑑定結果を告げたが、それでもまだ訝しがっている気配。

「本当みたいね。」

ミレイの冷静な声に私達が注目すると、彼女は自分とアーニャが掛けているソファへ集まるよう手招きした。
彼女は私達に一葉の写真を寄越したが、誤ってシャッターを切ったのか、そこには何の変哲も無いこの部屋の入り口が写っているだけだった。
先輩は、矢張りな。と合点すると此方を振り返り、私はその高雅さに思わず息を呑んだ。

「吸血鬼は鏡に映らないと聞いたが、写真にも残らないんだな。」
「え?」
「これ、さっき入って来た時に私が撮ったものよ。」
「今日は……ジノ、一枚も撮れない…」

残念そうな口振りのアーニャが見せてくれた携帯には、政庁の風景が多数収められていたが、私の姿は何処にも無かった。
リヴァル先輩とシャーリー先輩も漸く信じたが、まるで幽霊でも目にしたみたいに動揺していた。
私はみんなに落ち着いてもらう為にも、事の顛末と自分が把握している傾向並びにその対策を説明した。





仮眠から醒めた私は、お世辞にも爽快とは言い難く、身体が気怠いのは昨晩の旅疲れの所為だろうと思った。
寝覚めの頭をすっきりさせたくてバスルームに入ると、鏡に映った顔が青白く、苦笑した。
シャワーついでに歯を磨こうとして口腔の異変に気付き、もう一度鏡を見ると、其処には確かに兇暴な牙が生えていた。
夢かと思ったが壁を殴ってみれば痛覚は鈍っておらず、私は密室の中で狼狽した。
ある朝目覚めたら吸血鬼になっていたなんて、ブラム=ストーカーとフランツ=カフカの合作でもあるまいし、こんな馬鹿げた話があるだろうか?
結果には原因がある筈だと私は考え、通説に依って首筋を確認してみたが無傷だった。
当然だ。
敵地から帰還した直後であることから、私は未知の病原菌にでも感染したのかと勘繰った。
とすると、昨夜戻ってから接触したキャメロットの面々にも伝播した可能性があり、私はこの場合一番沈着に対処できそうなロイド博士に連絡をした。
失笑を買うかと思ったが、博士はいつもの調子で、大丈夫だからと私をアヴァロンへ招いた。



到着した艦内を見回した限りでは同じ症状の人間はおらず、その事が私を安心させたが、博士は、困ったねぇ。と微苦笑を湛えた。

「科学者の推察だけでは何とも……。ねぇ、君達はどう思う?」

博士は控えていた医療チームに問い掛けたが、みんな目を見張ったり首を傾げたり、若干気圧された様な尤もな反応を見せた。
危険が及ばないと判断した彼らに、血液検査とスキャンが提案されたところで、私はもう一人、冷静な見立てが出来そうな人物に思い当たった。
『ブリタニアの吸血鬼』だ。
あまり知られていないが、彼は高等科から飛び級して最高学府の医科に進み、通常の凡そ半分の年数で卒業した秀才だ。
そして、これもあまり知られていないが、私達は年の離れた昔馴染みだったりする。
博士に断ってプライベートダイヤルを廻すと、四度鳴って呼び出し音が途切れた。

「ルキアーノ?私だ。」

口にした電話の相手の名に執務室がざわめいたが、承知した博士が人差し指を唇に当てると静かになり、私は軽く頭を下げた。
私が概要を説明すると、チャンネルの切り替えを指示され、セシル女史が素早く通信をモニターに繋いだ。
映し出されたのはラウンズ専用の私室で、ルキアーノは画面越しに私を視診して幾つかの質問をすると、机に肘を突いて指を組んだ。
その他の診察行為を医療班の責任者に代行させると、絡めた十指の上に顎先を載せ、獲物を狙う獣の様に目を細めてじっと注視した。
彼は消去法に則り、遠征先での感染をリストから外した。
私が赴いた国の衛生状態は優良で、医療先進地域でもあり、過去にも交渉のために数多くの軍人達が足を踏み入れた場所だったからだ。
ルキアーノは食欲不振に着目し、最後の食事とその内容について尋ねた。

「此方に到着する五時間程前に、他の部隊と一緒に済ませた。軍専属の料理人が作った食事だ。帰ってからは、ロイド博士と紅茶を。後は、レポートの作成中に
セシル女史から頂いたキャンディ……。起きてからは大した空腹を感じない。少しだけ水を飲んだが、心做しか味覚が奇妙しい気がする。」
「セシル君のキャンディ?!それだよ!」

私の答弁に博士は得心して手を打ったが、直後に女史の肘鉄を脇腹に喰らって、くぐもった声を発した。
記憶を巻き戻してみたが至って普通の菓子だったし、糸切り歯が変形する要因とは思えず、美味しく頂いたと伝えると彼女はちょっと含羞んだ。

「紫のマーブル模様をしていたので味はグレープかと思ったら意外にもオレンジで、さらに中心がピーチだったので驚きました。」
「あら、ココア風味にしたつもりですが……」
「…………?」

感想に対する女史の発言に、目に見えぬ猛吹雪が室内を通過して、居合わせた人々の表情を凍り付かせた。
我に返ったロイド博士がレシピを聞きだすと、何やら人体に悪影響を及ぼしそうな添加物の名前が次々に登場した。
隠し味に入れたと話すスパイスは博士が秘密裏に生成した薬品だったらしく、彼はそれを聞くと青褪めた。
何時の間にか煙草に火を点けて傍観していたルキアーノは、紫煙を細く燻らすと、ご愁傷様。と苦笑した。



私は医務室と言うには規模の大き過ぎる施設に追い遣られ、可能な限りの検査を受け、スタッフは粋を集めて解析に当たった。
博士の元に戻ると、部屋から回収された残りのキャンディの成分分析が終わっていた。
それらのデータと所見から、吸血鬼を生み出す秘薬と結論付けられたが、世紀の発見も失敗に終わった。
何故なら私は朝日を浴びても霧散せず、ロザリオ等の魔除けも全く平気で、そもそも吸血の欲求が皆無だった。
困った事と言えば、初めは通常サイズで先端が尖っただけの犬歯が、徐々に細長く伸びて如何にも噛み付きそうな様相になってきた程度だ。
その為に口の開閉が億劫で、舌足らずな喋り方になってしまうのも、若干困惑。
味覚の変調も食事が摂れないくらい深刻な訳でも無く、やけに喉が渇くが水分を補給するには問題なかった。
本物みたいに体内時計が昼夜逆転していないからか、日光を浴びると頭痛がしたが、これは帽子や傘で十分防御可能。
現在進行中だ。と言うルキアーノの指摘で体温の緩やかな下降が判明したが、寒気は感じず弊害も見当たらなかった。
生命に重大な危機を与える要素は無いと聞いたが、念の為に登校を見合わせるつもりでいたら、ロイド博士が莞爾として、行っておいで。と言った。