07. 偶像

無謀な駆け引きに息を潜めた彼の舞踏会から、三日を過ぎた長閑な白昼。
約束どおりヴァインベルグ家の家長の許に届いた親書には、最早見慣れた流麗な文字で、先の騒動の顛末が仔細に記述されていた。
件の侯爵が主催する紳士倶楽部の内実と、ブラッドリー家の歳若い主が其処に名を連ねていた過去は、以前から聞き及んでいた卿であった。
老紳士の執心振りは周知の事実であり乍ら、政治家としての栄誉も華々しい彼が、よもや年端も行かぬ我が子を奸計に掛ける程に、橙髪の貴公子を懸想していよ うとは、了解し得なかった。
由緒正しい家名を忠実に護り続けてきたヴァインベルグ卿は、未遂に終わった事件を時折密かに思い返し、そっと深い溜息を吐いた。



ブラッドリー家の家督相続の経緯については、血統に繋がる事項の為に、皇帝と腹心の外には、卿を含む一部の大貴族が知るのみであった。
暗黙の君命が無用の詮索を退けたが、新たに登場した瑞々しく端正な名家の当代を、社交界は多大な関心を持って迎えた。
有名な出自で橙髪の紳士は何処でも破格の待遇を受け、高雅で才多くあり乍ら、厭世的で気怠げな其の態度は、忽ち人々の話題を攫った。
老若男女に関わらず、数多の憧憬が寄せられたが、飼い馴らされない野生動物のように身を翻され、誰も彼を射止めることは出来なかった。
世間同様、当初は冷淡な貴公子との印象を抱いたヴァインベルグ卿も、共に一族を代表して接する機会が増せば、此れが些か乱暴な分類であると気付いた。
兄達から随分後に出来た末子の敬慕を、八つ歳上の青年が受け容れて交誼を結んだ事実は、家族のみならず、上流階級の人々を驚愕させた。
子供が出入りするには幾らか不似合いな場所で遊びもしたが、二人の間には不実な影は皆目無く、其れ故、今般の騒ぎは監督者たる自身の不徳と、ヴァインベル グ卿は深く胸を痛めた。
親密さが誰人かの嫉妬を買うであろう事は想像も容易で、また大公のみならず、第二皇子や類する誘惑者達の存在も承知の処であった。
皇籍のみならず、帝国宰相の地位に在るシュナイゼルには殊更苦慮していた。
卿の密やかな懸念を恰も明察したかの様に、橙髪の紳士は繁忙乍ら、末子連れの夜会に然り気無く予定を都合し、仲睦まじく寄り添っては、監視の目を光らせ た。
彼が大公との命懸けの応酬に勝利した事で、筆頭とも謂うべき皇子が退けば、附随する大方の同類も此れに倣う目算であった。



ルキアーノ=ブラッドリーは書簡を通じ、侯爵を含む自身の交際の有り様も然る事乍ら、先々憂慮した通り、四男への悪影響が最も顕著な事態に至ったと心得、 両家の親交を暫し保留したいと申し出た。
勿論事件は彼の所為などでは無かったが、後見人とも相談の上と一筆記されては、此れを拒む由も無かった。
当事者の一方である幼い末子にも、封蝋を施した家紋入りが届き、美しい筆蹟で絶交を宣言された少年は、最早成す術を失い、悲嘆に暮れた。
何時もならば嬉々として返事を書き綴るものを、未だ稚い年頃の子には衝撃が過ぎ、筆を取る事も敵わず、終日引き籠って煩悶し続けた。
ルキアーノは途絶えた往復を、自分の独断を業腹に思っての事と解し、多少の齟齬も目的は達成されたとして、敢えて此れを其の儘にした。
鳥籠の小さな鋼鉄の扉をぴしゃり閉じ、延々躊躇うばかりの金糸雀(カナリア)を、聊か責付いただけの事であった。
後見人夫妻は寂しげな表情を浮かべたものの、当人間の問題として静かに事態を呑み込み、ブラッドリー家はやがて淡白な日常へと復した。





ヴァインベルグ家の末子は食事も碌々摂らず、殆ど不眠不休の有様で、昼夜歳上の真意を忖度したが、凡そ満足の行く結論には至らなかった。
言葉数の少ないのは端から承知も、たった一葉の便箋で済むほど都合良い洞察力など持ち合わせず、併せて、彼ならば斯様に幼心を掻き乱すと見越せた筈と猶更 深みに嵌った。
先頃漸う十を迎えた少年が理解出来たのは、橙髪の親友が最早意思を翻す事は無いと謂う、経験則に拠る事実だけであった。
年の離れた二人は当然に価値観の相違を認めたが、侵食で無し、濃やかな気遣いを信条に交際を続けてきただけに、猶更打つべき手立てを逡巡した。
邂逅の月夜、人見知りする内気な小公子の強く心惹かれた謂われは、冷淡な素振りの奥深く、幾重にも包み隠された密やかな優しさに在った。
澄んだ蒼穹の瞳で無意識下の稀有な美質を透察し、幼くも鋭敏な感性は同時に、歳若い名門の主の内面に潜む、愁いを帯びた儚げな何かを捉えていた。



目蓋を閉じれば、初秋の出逢いは色鮮やかに甦り、想い出の頁を繰る度、小さな胸に幸福な波紋を広げた。
気紛れから絢爛な夜の社交に伴われたものの、早々監督者たる次兄と逸れ、募る不安に到頭睫毛を濡らし、ひとり木陰に身を潜めた。
思案に暮れるも、梢の高い場所で仔猫の微かな鳴き声を聞きつけては、白い拳で目許を拭って逞しい幹を見上げ、足掛かりを捜した。

「……おいで。」

剪定された太枝を頼りに、精一杯の背伸びをして優しく手招いた途端、踏み立て場は脆くも崩れ落ちた。
か弱い軀は不自然な態勢の儘倒れ込み、擦り切れた膝頭と挫きの激痛、泥撥ねて乱れた着衣は、最早夜宴には臨めぬ有様と眦を潤ませた。
日頃仲睦まじい歳の離れた二番目の兄へ、如何とも言い訳し難く、嗚咽の漏れる唇を健気に指先で封じた処、突如橙髪の紳士に暴かれた。
夜会服の見事な着熟しや洗練された挙措、仄かな沈丁花の薫りに高貴な品格が漂う反面、紙煙草の細い紫煙や淡白な口調は、警戒心を抱かせた。
力強い腕に捕らえられ、叱責を覚悟するも、傷めた細い下肢にくちづけて、全き興味本位で滲む血液をこくり嚥下する彼に、唯々瞠目した。
意想外にも次兄と面識の様子を窺い知り、盛大な舞踏会を等閑に行われた聊か手荒な治療の終える頃には、頑なさも緩やかに終息を迎えた。
甘い洋菓子(ドルチェ)に誘惑されつつ、そっと項髪を梳く歳若い紳士の華奢な指先から、慈しみを感じ取った。
大人への過渡期只中に在る其の繊細な魅力は、敏感な幼心を静やかに慰め、辿々しい遣り取りを重ねて、最後には一刻の時間の流れさえも惜しんだ。
宴の余韻残る別れ際、高貴な血統を告げられて恐縮頻りも、密と囁かれた名前呼びの許しこそ、薄ら氷の内面へと続く扉の鍵と直感した。



ジノは秀麗なブラッドリー家の当代を聞きしに勝る気難しさと認めたが、破滅を匂わす過激で頽廃的な情動と、ふわり揺らめいて忽ち透ける陽炎の優しさの何れ にも、真摯な態度で臨んだ。
手巻き煙草と珈琲を嗜む名門の主は、辟易しつつも、気品ある礼儀作法で上流階級に於ける交際を熟し、在籍する最高学府では抜群の成績を誇った。
社会的責務に対する実直さと万事に興醒めで冷淡な態度の、相反する行動様式が道化で無し真実故に、世界は彼の存在を看過し得なかった。正式な披露に至らぬ 幼いヴァインベルグ家の末子は、煌びやかな夜会で見掛ける度、格別の熱視線を集める様を、至極当然と解釈していた。
橙髪の紳士が放つ鮮烈な異彩に、純真な少年は大層感興をそそられた。
由緒正しい家柄を率い乍ら学業に精励し、就褥後に微睡を揺蕩うばかりが、間隔は疎らも几帳面に三食を摂り、意想外にも甘味に煩かった。
後見人夫妻とは若干の余所余所しさが感じられたものの、二人の快活さに寧ろ好意的な風情さえ窺え、向けられた話にはじっと耳を傾けた。
夫人は眩い金髪の小さな貴公子を甚く気に入り、可愛らしい悪戯を仕掛けて戯れれば、叔父と二人、呆れ顔を見合わせた事も再々であった。
彼の端麗な容姿を思い描く度仄かに甦る沈香は、永訣した貴婦人が生涯で唯一人授かった愛息の誕生を慶び、祝福の春を追憶する援けに誂えた極上の香水(パ フューム)と伝えられた。
優しく清楚な香りを少年が褒めると、何時もは冷淡な印象の面差しが、其の時だけは微かにやわらいだ。
実父の話題は終ぞ出ぬ儘、美貌の母と過ごした昔日は、朧乍らも遺された数少ない形見を頼りに屡巻き戻され、最奥に潜む青年の本質も刹那露わとなった。
恰も柩の模造品。と自嘲気味な揶揄も、大理石の浴槽に浸かって書籍を繰る習慣は続き、稚い客人は俯けた後ろ姿から胎内で蹲る赤子を連想した。
添い臥しの週末、彼は深更過ぎて漸う蘭灯を窄め、頼り気無い細身の背に寄り添い、やがて微かな寝息を零した。
柳腰を抱く大人の腕の最果て、緩々閉じた華奢な五指の冷たさを、小さな楓は庇い立ての仕草で握り締め、静謐の裡に橙の朝焼けを迎えた。



語られない事柄に踏み込まないのが、二人の暗黙の約定だった。
片親の消息の他、少なからぬ異性間交遊や不穏な紳士倶楽部、夜会に蔓延る諸々の噂から、歳上の交際相手が有する秘密の貌を承知した。
親の膝下に在る身で真偽を知る術も無かったが、世の羨望を恣にする彼が自分を傍に置く謎に比べれば、大して少年の関心を引かなかった。
年端も行かぬ名家の末子の願いを叶え、交誼を結ばせたものとは何であったのか。
先の向こう見ずな事件で、ルキアーノが躊躇無く命を差し出してみせた理由が、其れとは別であったなら、小さな胸を此れ程締め付けることも無かった。



誠実な意思の疎通を信条とした交際も、簡潔な文面から歳上の心中を窺い知る事は至極難儀であった。
一切を受け容れる確かな心構えから、誤った推察だけは如何にか回避しようと煩悶し続け、幼弱な心身は日増しに憔悴していった。
寝食も儘ならぬ程に深く思い悩み、やがて意識の遠退く高熱を発し、末子を溺愛していたヴァインベルグ家は、奥方を筆頭に屋敷中が右往左往した。
見兼ねた家長は再度の対面を請う為、自らブラッドリー邸へと赴き、卿の話に心痛した後見人の口添えも得て、橙髪の貴公子は歳下の訪問を認めた。





其れから半月を経て漸く恢復したジノ=ヴァインベルグは、幾許かの不安と素直な再会の喜びを胸に、通い慣れた邸宅の門扉を潜った。
恭しく出迎えた執事によれば、主人は昇級試験最終日に臨み、約束した時間迄の戻りは難しく、日を改める提案を伝えられた。
親切な後見人夫妻も彼の代理に夜会へ赴き、聊か落胆の面持ちで夫人に贈る花束(ブーケ)に目を落とすも、今暫く帰邸を待つ意向を申し出た。
召し抱えられた有能な家従達は、久方振りに来訪した可憐な客人を温かく歓迎し、遅い帰りを待ち侘びる少年の為、控え目乍らも心砕いた。



麗しい金髪の小公子は、予め出入りを認められた書斎に通され、就寝時間を過ぎても戻らぬ友人を静かに思い遣った。
小作り乍ら足許から続く書架は壁面全体に及んだが、シックな風合いの調度品で統一して、膨大な蔵書の有する息苦しさを和らげた。
其の居心地の良さに、何時も夜更かしをした。
隣室は天蓋付の寝台(ベッド)と文机の置かれた閨房で、突き当った奥の扉を開けば、ゆったりと贅沢な浴室へ繋がり、蛙足を模した金の蛇口と乳白色の水面に 浮かぶ赫い花弁―――。
つい一月前まで自宅同然に過ごした広大な屋敷の隅々も、今のジノには古い記憶宛ら郷愁を掻き立てた。
本革の踵を響かせ敷居を跨げば、密やかな沈丁花の残り香が鼻腔をくすぐり、込み上げる切なさに小さな溜息を漏らした。
飾り棚に置かれた亡き母の肖像は今も大切に扱われ、美貌の貴婦人が湛えた優しい微笑は、不安に揺れる少年の心を優しく慰めた。
普段は几帳面に整頓された部屋であったが、主が学業に勉励する間は書籍や筆記具、用箋が散乱し、来客の自分が何時も此れを片付けた。
ジノ=ヴァインベルグは、今迄通りに絨毯敷きや敷布(リンネル)に散らばった難解な記述の用紙を拾い集め、高級材(マホガニー)の机上にそっと重ねた。
甲斐甲斐しい後始末の途中、ベッド脇の卓に載ったデキャンタにふと目が留まった。
精緻な細工の施された硝子製品の中身は、言わずと知れた寝酒に違いなかったが、初めて見る美しい若草色の液体に惹かれ、手を伸ばした。

「お前には不向きな嗜好品だ。」

最早耳朶に馴染んだ艶やかな声に振り返れば、心焦がれた端麗な人影が佇んでいた。





ルキアーノは上着を椅子の背に投げ、タイに指を掛けて首許を寛げた。
黒い皮手袋(グローヴ)の中指を軽く噛んで抜き取ると、僅かに長身を屈めて黄金色の柔らかな前髪の下、白皙の丸い額にそっと掌を当てた。
熱を診る仕草は、少年が一途に愛した美しい本質の不変を示し、突然の疎遠に戸惑う幼い胸の内を掻き乱した。
触れた先から直ぐに平熱と知れるも、未だ顔色が悪いな。とルキアーノは家路に就かなかった小さな客人を窘める様に、眉宇を寄せた。
だが其れと同時に、病み上がりを押して迄も先延ばしせず留まった心中を察しては、極上の長椅子(ソファ)を勧め、自身も差し向かいに腰を沈めた。
すらり撓やかな足を組み、橙髪の紳士は悠然と肘掛に頬杖を突いて、澄んだ音色に耳を傾ける風情で、相手が口火を切るのを待った。



一等先、名家の末子は当夜の訪問を了承して呉れた事に深謝し、永らく懊悩を続けた今後の在り方に就いて、彼の意を汲む所存と伝えた。
然うして反駁は当然に予想されたが、過日の舞踏会での事件に深く胸を痛めた少年は、ルキアーノ=ブラッドリーに自愛するよう嘆願した。

「今、斯うして無事な姿を見られて幸いだけど、彼の時の様な危険な真似はもう止めて欲しい。……君なら容易く大公を躱せた筈だろう?」
「御不満か?あんなものは、一夜の誘惑に乗じた茶番だ。しかし、往なせば…次は『媚薬(ショコラ)』では済まない老獪な手段。」
「命を賭けの報酬にするなんて……」
「其れ相応の覚悟で口説いていたなら、拳銃(ピストル)は二丁要った筈。下手な脅しを仕掛けてきたのは、先方だ。」
「僕は、挑発に乗らないで欲しかった。……ルキ…命と謂わず、もっと自分自身を顧みてくれないか?」
「逃げれば略取を赦す事になる。ヴァインベルグとブラッドリー、両家の沽券に関わる陋劣な奸計でもあった。」
「……僕の至らなさの所為だと、感じているよ…」
「尤も、私が自分の命を如何扱おうと勝手。」

彼独特の淡白な物言いに、先日の場面での未熟さを一層恥じた。
無謀な賭けに応じた故を思えば、筋違いと知り乍らも、橙髪の紳士が語った理屈は、ジノには如何とも受け容れ難かった。

「ルキアーノ、其れは違う。御両親から授かった貴い命を、そんな風に…、粗略に遇うのは間違っている。」
「黙れ。」

怒号であったなら、何れほど救われたか知れない。
彼日の晩と同じ凛烈な声と細めた高貴な瞳の鋭さに、金髪の小公子は刹那に軀を強張らせた。

「拒絶を味わった例も無く、周囲から愛情の限りを注がれて育った人間の、其の生温い物差しで、此の私を測ろうと謂うのか?」
「ル…キ、アーノ……?」

ジノ=ヴァインベルグは歳上の豹変振りに半ば呆然とし、淡紫色の凍える眼差しを一身に浴びて、こくり固唾を呑んだ。

「命?其れが何だ?遅かれ早かれ消滅する、時間の一部に過ぎん。」

鼻先で嗤うルキアーノに気圧され乍らも、名家の末子は辛うじて細首を左右に振り、冷酷な言葉を否定した。
小柄な軀は竦み上がり、眦に薄らと潤みを湛えた。
うんざりだ。と彼は忌々し気に吐き捨てて立ち上がると、稚い客人の胸倉を荒々しく掴んだ。

「その甘さが何時も癪に障る…交際を絶った最たる理由だ。お前は端から見栄え良い丈の玩具に過ぎなかった。」
「……僕は、君を掛け替えの無い存在だと思っている…」

乱暴な態度にも怯まず告白すれば、ルキアーノは苛立たしさに端整な顔を顰めた。
か細い腕を引いて少年を傍寄せると、お前は飽いて棄てられた手遊び品だ。と、より残酷な言葉を白い耳朶に囁いた。
深い傷心を小さな肩の戦慄きに認め、歳上の貴公子は突き放す勢いで手を離した。

「僕は君が好きだ。」

明瞭な言葉だった。
邂逅の瞬間からルキアーノを強く惹き付けた蒼穹色の輝石は、虐げられて猶逸らされず、荘厳な光で彼の奥底を見透かした。

「お前の愛は、押し付けだ。」

清廉無垢な視線から逃れる様に、努めて抑揚の無い声で謂い放った。
だが、崩れ落ちたやわらかな布張り(ソファ)の上、少年の握り締めた小さな掌が其れさえも否定し、ルキアーノは燃え盛る焦燥感に窒息を予感した。
幾つも歳の離れた紳士を渇仰させる穢れない情熱は、同時に終始対極に在る彼自身の不浄を突きつけた。
永らく心に棲まわせた虚無がけたたましく警鐘を鳴らしても、適当な言い逃れを拵えてきたが、今こそ諫言に耳を傾ける時と決断した。
何時迄経っても羽根を閉じた金糸雀(カナリア)を手に掛けるのは、とても簡単な事に思えた。
斯様な次第と分かっていれば、速やかに断絶の口実を与えておけば良かったものを。と、ルキアーノ=ブラッドリーは内心舌打ちした。

「私の望む形を取らぬ愛など、偽善だ。」

投影と知り乍ら、健気な上目遣いの滲んだ瞳に、詭弁を弄した。